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戦争の悲惨さ語り継ぐ 徳之島で「富山丸」慰霊祭 3724人のみ霊に祈り捧げる
総合 南海日日新聞

戦争の悲惨さ語り継ぐ 徳之島で「富山丸」慰霊祭 3724人のみ霊に祈り捧げる

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 太平洋戦争中の1944年、沖縄防衛に向かう途中、鹿児島県徳之島の亀徳沖で米潜水艦に撃沈された輸送船「富山丸」の第63回慰霊祭(徳之島町など主催)が18日、徳之島町亀徳のなごみの岬公園で開かれた。全国の遺族47人と、地元住民や小中学生を合わせて約180人が参列。犠牲になった3724人のみ霊に祈りを捧げ、戦争の悲惨さを語り継ぐ思いを新たにした。

 富山丸(約7千トン)は沖縄守備のため、四国や九州から招集された陸軍兵約4600人を乗せ、44年6月29日午前4時、奄美大島の古仁屋港を出港。同日午前7時25分、徳之島の亀徳沖約3キロの地点で米潜水艦の魚雷攻撃により撃沈された。

 慰霊祭では、代表で香川県富山丸遺族会の桑島正道さん(89)がウクライナや中東情勢に触れ「人はなぜ戦争をするのか。平和のために文化の発展と愛の希求が必要。太平洋戦争中は文化的な生活とは無縁だった。今の平和が続くよう努力したい」と慰霊の言葉を述べた。

 続いて、参列した全国の遺族会が次々に献花し、慰霊碑の英霊に向かって「遺族はそれぞれの不幸を背負ってきたが今は幸せな生活を送っている」「平和を次世代に引き継ぐ」「不戦の誓いを新たにする」などと言葉を掛け、慰霊祭を引き継ぐ地元住民との絆に感謝した。

 3回目の参列となった大久保弘さん(82)=香川県=は父・晁さんに抱かれ、出征前に家族と撮った写真を掲げ「お父さん、家族であなたをお送りした日、私はまだ生後半年だった。私を抱きしめて言った言葉を母や叔父、叔母から幾度も聞かされている。どうか安らかにお眠りください」と言葉を掛けた。

 慰霊祭では亀徳小学校児童による合唱や疎開船武州丸の慰霊碑への献花もあった。