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夏の夜空に立ち上る「炎の竜」に歓声 曽我どんの傘焼き 鹿児島
総合 朝日新聞

夏の夜空に立ち上る「炎の竜」に歓声 曽我どんの傘焼き 鹿児島

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 鹿児島三大行事のひとつ「曽我どんの傘焼き」が7月19日夜、鹿児島市浜町の石橋記念公園であった。観客らは、火の粉が舞うたびに歓声を上げ、夏の夜空に竜のように立ち上る炎に見入っていた。

 傘焼きは、鎌倉時代に相模の国の曽我兄弟が父のあだ討ちを遂げる際、傘をたいまつ代わりに燃やしたという故事に由来する伝統行事。親への孝を教えるため薩摩藩の「郷中(ごじゅう)教育」の中で用いられ、やがて傘焼きという行事へと発展していったとされる。

 傘焼きの前には、傘焼きをテーマにした民謡に振り付けをした「薩摩の傘踊り」をはじめ、剣舞や薬丸野太刀自顕流(のだちじげんりゅう)の演武が披露された。

 午後8時ごろ、締め込み姿の男衆が、曽我兄弟のあだ討ちを描いた「狩り場の嵐」を歌いながら登場。高さ約5メートルの和傘のやぐらに点火すると、一気に燃え上がった。やぐらの周りから次々に傘を投げ入れ、約200本の傘を10分ほどで焼き尽くした。

 「今年は満点の点火です」。流れる汗をぬぐいながら、うれしそうに話す鹿児島市の小学6年、切通(きりとおし)瑠仁(りゅうと)さんは、2年連続で点火の大役を担った。昨年はたいまつをやぐらの奥に早く入れすぎ、すぐに火が消えてしまったという。今回は本番前の日中、父の良孝さん(45)や鹿児島三大行事保存会のメンバーが見守る中、たいまつをゆっくり入れて点火する動作を2回練習。自信をつけて臨んだ。1年前までは曽我どんの傘焼きのことは何も知らなかったという瑠仁さん。「傘焼きのことをもっと知り、参加し続けたい」と声を弾ませた。(エリアリポーター・町田正聡)

 鹿児島三大行事のひとつ「曽我どんの傘焼き」が7月19日夜、鹿児島市浜町の石橋記念公園であった。観客らは、火の粉が舞うたびに歓声を上げ、夏の夜空に竜のように立ち上る炎に見入っていた。

 傘焼きは、鎌倉時代に相模の国の曽我兄弟が父のあだ討ちを遂げる際、傘をたいまつ代わりに燃やしたという故事に由来する伝統行事。親への孝を教えるため薩摩藩の「郷中(ごじゅう)教育」の中で用いられ、やがて傘焼きという行事へと発展していったとされる。

 傘焼きの前には、傘焼きをテーマにした民謡に振り付けをした「薩摩の傘踊り」をはじめ、剣舞や薬丸野太刀自顕流(のだちじげんりゅう)の演武が披露された。

 午後8時ごろ、締め込み姿の男衆が、曽我兄弟のあだ討ちを描いた「狩り場の嵐」を歌いながら登場。高さ約5メートルの和傘のやぐらに点火すると、一気に燃え上がった。やぐらの周りから次々に傘を投げ入れ、約200本の傘を10分ほどで焼き尽くした。

 「今年は満点の点火です」。流れる汗をぬぐいながら、うれしそうに話す鹿児島市の小学6年、切通(きりとおし)瑠仁(りゅうと)さんは、2年連続で点火の大役を担った。昨年はたいまつをやぐらの奥に早く入れすぎ、すぐに火が消えてしまったという。今回は本番前の日中、父の良孝さん(45)や鹿児島三大行事保存会のメンバーが見守る中、たいまつをゆっくり入れて点火する動作を2回練習。自信をつけて臨んだ。1年前までは曽我どんの傘焼きのことは何も知らなかったという瑠仁さん。「傘焼きのことをもっと知り、参加し続けたい」と声を弾ませた。(エリアリポーター・町田正聡)