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「対馬丸」犠牲者へ祈り 平和学習で沖縄の児童ら来島 奄美大島宇検村
自然・火山 南海日日新聞

「対馬丸」犠牲者へ祈り 平和学習で沖縄の児童ら来島 奄美大島宇検村

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 太平洋戦争中、米潜水艦により撃沈され多くの人々が犠牲となった疎開船「対馬丸」について学ぶ「平和継承プログラム」の現地研修会が17日、鹿児島県宇検村宇検集落であった。沖縄県から児童9人が来島。多くの犠牲者が流れ着いた同村宇検の船越(ふのし)海岸を訪れ、海に献花し、犠牲者へ祈りをささげた。

 対馬丸は1944年8月21日、国民学校の児童や一般疎開者ら約1800人を乗せて、那覇港から長崎に向け出港。翌22日、トカラ列島の悪石島沖で米潜水艦ボーフィン号の魚雷攻撃を受けて沈んだ。判明しているだけで、集団疎開の学童784人を含む1484人が犠牲となった。

 奄美大島の大和村、宇検村、瀬戸内町の海岸には犠牲者の遺体や生存者が流れ着き、住民が埋葬や救護に当たった。同集落では史実を後世へ残そうと、村の協力も得て2017年、慰霊碑を建立した。

 船越海岸であった慰霊祭では、対馬丸について説明している碑文を児童らが読み上げた後に浜辺へ下り、悲劇が起きた悪石島沖へ向かって黙とうと花を手向けて犠牲者の冥福を祈った。

 「戦争はどんな理由があってもしてはならない。平和であるためにできることを考えたい」と慰霊碑へ誓った那覇市立上間小学校の児童は「学校の平和学習で戦争がなぜ起きてしまうのか疑問に思って参加した」と説明し、「きょうの誓いの言葉が天国の犠牲者に届いてほしい」と願った。

 慰霊祭に先駆けて、住民の大島英世さん(76)と慰霊碑完成時に村長を務めていた元田信有さん(76)の講話が同集落の宇検防災会館であり、宇検と沖縄の交流の歴史や慰霊碑が建立されるまでの経緯について紹介した。

 大島さんは、父親の安徳さん(故人)が遺体の埋葬作業に当たったことを紹介した上で「戦時中でかん口令が敷かれた上、あまりにむごい状況だったため父は長年、対馬丸について話したがらなかった」と語り、「私が対馬丸について知ったのは集落がまとめた記念誌に書かれていたおかげ」と記憶だけでなく記録に残す大切さも強調した。

 元田さんは「来年3月には建立から10年を迎える。慰霊碑をきっかけに沖縄との新たな交流が生まれ、今も続いていることが感慨深い」と話し、「子どもたちに語り継いでいくことが将来、二度と戦争を起こさないための足掛かりになる」と期待を込めた。

 同事業は対馬丸記念館(沖縄県那覇市)を運営する対馬丸記念会が主催し、同館による奄美大島での研修は今回で3回目。沖縄本島在住の小学5~6年生9人とスタッフ4人が来島した。当初は10日に来島予定だったが、台風で日程を変更し、16日に那覇港から船で奄美大島入りした。19日まで滞在して同日に空路で沖縄に帰る予定。