鹿児島県瀬戸内町の戦争遺跡、構造物でも評価「高度な総合土木技術の結晶」日本コンクリート工学会九州支部報告会で講演
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公益社団法人 日本コンクリート工学会九州支部(支部長=熊本大学先端科学研究部・重石光弘教授)の支部活動報告会が17日、福岡市であり、国史跡となっている瀬戸内町の戦争遺跡(近代遺跡)が取り上げられた。大島海峡を見下ろす険しい地形に築かれた構造物についてコンクリート構造学の視点から研究分析、「当時の高度な総合土木技術の結晶」との見解が示された。福岡ファッションビル7階2号ホールであった報告会には大学やコンクリート企業の研究者ら約50人が出席。同町の戦争遺跡は調査と活用について、町教育委員会社会教育課主査(埋蔵文化財担当)の鼎(かなえ)丈太郎さんが講演した。
鼎さんによると、この中では国史跡「奄美大島要塞(ようさい)跡及び大島防備隊跡附(つけたり)大島需品支庫跡」を中心に、近現代の遺跡を紹介。古くは幕末の久慈白糖工場跡から太平洋戦争終戦間際の第18震洋隊跡などを年代ごとに説明したが、コンクリート工学会での発表ということで、各遺跡のコンクリートの特徴も抽出し紹介するとともに古仁屋高校との連携など現在行っている活用を報告した。
同町内の戦争遺跡を国史跡に向けて調査を進めていた2017年10月、この戦争遺跡の中心となっているコンクリート構造物の素材、構築状況、施工方法、保存活用について支部長である重石教授が現地指導。この指導助言を受け調査・報告を行い、町内の戦争遺跡が国指定史跡となった経緯があり、重石教授からの依頼で鼎さんは同学会九州支部で講演することになった。
重石教授は同町の戦争遺跡の調査について、「歴史的な意義にとどまらず、コンクリートという材料が100年(明治期から昭和期)の時間軸でどのように振る舞い、構造物としてどのように機能し続けるのかを解明する、高度な工学的調査としての価値を有する」と受け止めている。コンクリート工学における重要性では、▽西古見砲台跡などの大規模なRC(鉄筋コンクリート)構造物は、当時の配合設計や施工技術(打継ぎの手法など)を現在に伝える「現物資料」▽砲台や弾薬庫は、敵艦からの砲撃や爆撃という「極限荷重」に耐えることを前提に設計。壁厚の決定根拠や、応力集中を避けるための形状(アーチ構造や隅角部の処理など)は、現代の防護工学や耐震設計のルーツとしても捉えられる▽海峡を見下ろす険しい地形に築かれたこれらの構造物は、斜面安定や基礎地盤の処理など構造力学と土質力学が一体となった当時の高度な総合土木技術の結晶―など挙げる。
鼎さんは「今回の講演会では、構築物(コンクリート)そのものの科学的な情報交換を行うことができたのが貴重だった」と振り返り、「埋蔵文化財としては素材や構造の研究情報など科学的な知見を得ることができ、コンクリート工学会としては時代ごと(日本のコンクリートとしても初期のものも含む)の素材の確認や100年の暴露試験(長期耐久性)を行った素材を知るきっかけとなった言える。戦争遺跡は当時の最先端技術で構築されたものが多い。科学分野からの視点や情報を得ることで、保存や活用にもつながっていくものと考えられる」としている。