人手不足の漁業を救うデジタル化 市場で1日500回の手書き作業が「ボタン一つ」に 鹿児島・肝付町の最前線
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担い手不足が深刻な漁業の現場に、デジタル技術を活用する動きが生まれている。かつては1日500回もの手書き作業に2〜3時間を費やしていた市場の仕事が、「ボタン一つで終わる」ようになった。定置網漁ではタブレット一枚で海中の魚の量や潮の速さを陸上から確認できるようになり、出てみないとわからなかった出港判断に根拠が生まれた。鹿児島県肝付町の漁業現場から、県内で広がりつつあるスマート漁業の今を追った。午前6時。肝付町にある県漁協高山支所では、漁師たちが水揚げした魚を種類ごとに仕分ける作業が始まる。仕分けた魚は競りにかけるため計量器へと運ばれるが、2025年10月からこの計量器に新たな技術が導入された。
県漁協高山支所の谷山浩貴支所参事役はこう説明する。「キロ数などが表示されるので、確定のボタンを押せばデータが取り込まれる」。計量器はタブレットと連動しており、魚の画像と重さが自動で記録される。データはそのままプリントアウトされ、職員はその紙を魚に貼り付けるだけだ。
この一連の作業、以前はすべて紙への手書きだった。漁師や魚種別に多いときは1日500回。記録した紙の帳簿をもとに、販売用のパソコンへ一つ一つ手で入力する作業が続く。「それだけで2時間〜3時間かかっていた。それが今は簡単に言えばボタン一つで終わる」(谷山支所参事役)。
導入の直接的なきっかけは人手不足だった。「この市場は職員5人でやっていたが、退職などで今は3人でやっている。どうしようかという時に『デジタル化で穴埋めできないか』と」。
高山支所が抱える課題は、漁業全体の縮図でもある。県内の漁業者数は5年ごとの調査のたびに減少を続け、40年前と比べると3分の1の4807人にまで落ち込んだ。高齢化も深刻で、65歳以上の割合は4割近くを占める。
この機器を開発した鹿児島市の企業・ジフィッシュの中村元取締役は、漁業の将来に強い危機感を抱いていたと話す。「『こういうシステムができれば課題解決ができるのでは』と。『逆にそれをやらないと地方の市場、地方の漁業現場はなくなっていくのでは』と代表が危機感を持っていて、それでやり始めた」。
人手が減り続ける中で、残った人員がこれまで通りの作業量をこなすことは限界に近い。デジタル化はもはや利便性の話ではなく、漁業現場の存続に直結する問題として語られている。
スマート漁業の波は市場だけにとどまらない。まだ真っ暗な午前4時半、肝付町の内之浦漁港では出港準備が進んでいた。定置網漁を営む柳川拓哉さんが見せてくれたのは、タブレットに映し出された海中の様子だった。
「赤い点々が魚の反応。水色の線が網。潮の流れが速いときは網が持てなかったり苦戦することがある。網のラインが潮が速かったら上に上がってきて、『(漁に出るのは)厳しそう』と判断できる。きょうはちょうどいいライン」。
この仕組みを柳川さんが導入したのは2026年1月のこと。この場所で20年以上漁を続けてきた柳川さんにとっても、それ以前の出港判断は不確かさとの戦いだった。「天気予報を見てものすごい雨が降るとか波が高いとか、コンディションが悪い時は出港しなかったが、魚がどれくらい入っているかや潮の速さなど、(現場を見ないと)絶対に分からない部分があった」。
Q.ギャンブルみたいなところも?「そうです。まさしくギャンブル」。
出港から約30分。定置網が仕掛けてある現場に到着すると、オレンジ色のブイが波間に浮かんでいた。これがスマート漁業のカギを握る装置だ。
定置網漁とは、海中で仕切った網の中に回遊魚を誘い込んで捕まえる漁のこと。このブイから音波を発することで、網の中に入った魚の多さを確認できるほか、網の高さを解析することで潮の速さも把握できるという。
定価は650万円ほど。ただし、国の補助で3分の2がまかなわれ、「3分の1の手出しで済んだ」と柳川さんは話す。この日は波の高さが3mで船が時折大きく揺れる中、現場では約1時間かけて網を引き上げた。引き上げた網にはデータ通り魚が入っていた。
出港から漁、帰港まで毎回約2時間を要する。データに基づいて確実に魚が捕れる日を選ぶことで、無駄が減った効果は大きい。「(データで)魚が少ないからきょうは出ないと。そこで(本来なら)出港して帰ってくる時間を網の修理や船のメンテナンスの時間に使える」。
スマート漁業は漁業現場の効率化を少しずつ前進させているが、改善の余地もまだ残る。
計量器にデジタル技術を取り入れた高山支所では、魚の重さや画像の記録は自動化されたものの、魚の種類の判別はAIでは対応できず、現在も職員が目視で行っている。さらに、競りの場面では仲買人が今もなお手書きで値段を書き込んでおり、今後のデジタル化が期待されている。
中村取締役はこう展望を語る。「人手がなくて困っている人の仕事をまず楽にする、それができた後には取ったデータを使って品質をあげたり高く売る手段を使ってもらう。100年先の食卓にも地魚を届けたい」。
谷山支所参事役も前を向く。「高山支所のブランドを売っていきたい、高くで売りたい、色々な人に知ってもらいたい、そういうものができれば」。
人手不足の解消と、稼げる漁業の実現を目指して導入が進むスマート漁業。ボタン一つで記録が完了する市場の朝、データを見て出港を決める漁師の判断——その一つ一つの積み重ねが、これからも鹿児島の食卓においしい魚を届けるための礎となっていく。現場での模索は、今日も続いている。