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鹿児島県龍郷町博物学士講座 平家伝説の謎に迫る 行盛神社に残されたものとは
総合 奄美新聞 👁 6

鹿児島県龍郷町博物学士講座 平家伝説の謎に迫る 行盛神社に残されたものとは

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 鹿児島県龍郷町教育委員会が主催する環境教育プログラム「子ども博物学士講座」の2026年度第2回「平家伝説の地を探検しよう!」が20日、町内2か所の史跡を巡り行われた。小学生29人、保護者9人が参加。平安時代末期、源氏に敗れ、奄美大島に逃れたと伝えられる3人の武将にまつわる「落人(おちゅうど)伝説」を学び、歴史の真実に迫った。

 講座は、身近にある自然環境や文化、歴史を体験し、豊かな感性や郷土愛を育むことを目的に2005年度から開催している。

 最初に訪れたのは同町戸口集落にある「行盛神社」。平清盛の孫にあたる行盛を祀(まつ)っているとされ、急な階段を上がった山の中腹に簡素な社殿が建つ。

 社殿の脇を抜けさらに階段を上がると、行盛の墓とされる質素な墓がひっそりとたたずんでいた。

 町教委学芸員の向田(むかいだ)秀明さん(64)は「伝説には真実と創作が含まれている。源平合戦では、壇ノ浦の戦いまでが歴史。その後は伝説とされる。この違いは、文書の有無。伝説は100%嘘ではないかもしれない」と語り掛けた。

 その一つの例に、壇ノ浦で入水(じゅすい)し死んだ安徳天皇(清盛の孫。3歳で即位)が生き延びており、薩摩硫黄島に墓所が残っていると解説し、興味をかき立てた。

 その後、安木屋場集落のオダキ山にある「今井権現(神社)」石段下に移動。源氏の来襲に備え、遠見番(監視役)を置いたとする伝承が語られた。

 向田さんは、奄美市名瀬の「有盛神社」、瀬戸内町諸鈍の「大屯(おおちょん)神社」にも言及し、「平家は、米作り、瀬留集落に残る垣漁(干潮の差を利用する漁法)などを島に伝えた」と解説した。

 大勝小5年の岸田沓子(とうこ)さん(10)、福本花楓(かえで)さん(10)は「伝説ではなく本当の話だと思った。ほかの武将のことも調べてみたい」と話した。

 向田さんは「平家の伝承を信じている学者は少ない。しかし、長く空想とされた古代ギリシャの幻の都市トロイ発見の例もある。真実となる日が来るかもしれない」と子どもたちに未来を託した。