初めて参加ゼロ…中国残留孤児の養父母慰霊祭 中国総領事「公務」で欠席 鹿児島
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中国残留孤児を育てた養父母の慰霊祭が鹿児島市でありました。高齢化が進み、今年は孤児の参加者がゼロとなりました。中国残留孤児は戦時中、日本の占領下にあった中国東北部の旧満州で、終戦間際の混乱の中、取り残された日本人の子どもたちのことです。その数は政府の調査で2800人を超えます。
この残留孤児を引き取り育てた中国人養父母への感謝を込めた石碑が鹿児島市にあります。ここで毎年開かれているのは亡くなった養父母の慰霊祭です。
■「再び戦争を起こしてほしくない」
(県日中友好協会 鎌田敬会長)「再び戦争を起こしてほしくないという思いの慰霊祭」
戦後、帰国を果たし鹿児島で暮らす孤児は多い時で50〜60人いましたが、高齢化で今は20人ほどに減少。今年は孤児の参加が初めてゼロとなりました。
また、日中関係が冷え込む中、毎年参加していた中国の駐福岡総領事らは「公務」を理由に欠席しました。
■記憶の風化と日中関係の行方に不安
父親が残留孤児で、20歳ごろ、家族と中国から帰国した鹿児島市の高橋良恵さんです。記憶の風化と日中関係の行方に不安を抱いています。
(父親が残留孤児 高橋良恵さん(56))「私たちは普通に社会で生活しているが、(日中間の)緊張を感じる。若い日本の方たちはこの歴史を忘れないで。戦争は国民に対し一番よくない」
残留孤児の記憶を次の世代にどう引き継いでいくか、課題となっています。
中国残留孤児を育てた養父母の慰霊祭が鹿児島市でありました。高齢化が進み、今年は孤児の参加者がゼロとなりました。
中国残留孤児は戦時中、日本の占領下にあった中国東北部の旧満州で、終戦間際の混乱の中、取り残された日本人の子どもたちのことです。その数は政府の調査で2800人を超えます。
この残留孤児を引き取り育てた中国人養父母への感謝を込めた石碑が鹿児島市にあります。ここで毎年開かれているのは亡くなった養父母の慰霊祭です。
■「再び戦争を起こしてほしくない」
(県日中友好協会 鎌田敬会長)「再び戦争を起こしてほしくないという思いの慰霊祭」
戦後、帰国を果たし鹿児島で暮らす孤児は多い時で50〜60人いましたが、高齢化で今は20人ほどに減少。今年は孤児の参加が初めてゼロとなりました。
また、日中関係が冷え込む中、毎年参加していた中国の駐福岡総領事らは「公務」を理由に欠席しました。
■記憶の風化と日中関係の行方に不安
父親が残留孤児で、20歳ごろ、家族と中国から帰国した鹿児島市の高橋良恵さんです。記憶の風化と日中関係の行方に不安を抱いています。
(父親が残留孤児 高橋良恵さん(56))「私たちは普通に社会で生活しているが、(日中間の)緊張を感じる。若い日本の方たちはこの歴史を忘れないで。戦争は国民に対し一番よくない」
残留孤児の記憶を次の世代にどう引き継いでいくか、課題となっています。