「ハンセン病隔離政策違憲」国賠訴訟判決から25年…被害回復は道半ば 鹿児島県内、次代につなぐ取り組みも
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ハンセン病元患者に対する国の隔離政策を違憲とした2001年5月の国家賠償請求訴訟の熊本地裁判決から11日で25年がたった。被害回復への扉が開かれたものの、社会の差別や偏見は今も根深い。元患者らの高齢化が進む中、課題解決は道半ばだ。鹿児島県内の関係者は差別解消に向け、横断的な教育や啓発の必要性を訴える。原告の一人だった竪山勲さん(77)=鹿屋市=は「原告たちの『ふるさとへ帰りたい』という闘いだった」と訴訟を振り返る。
だが、判決後もハンセン病療養所の入所者の多くは故郷に帰れず、同市の国立療養所星塚敬愛園の納骨堂には多くの遺骨が残る。背景には根深い差別や偏見がある。堅山さんは「国を挙げて患者狩りをした責任は全国民にあることを知るべきだ」と強調した。
県健康増進課によると、同園と奄美和光園(奄美市)の入所者は4月1日現在、52人。平均年齢は90歳を超える。
高齢化が進む中、療養所では施設の存続も課題だ。だが、方策は見いだせていない。長年原告らを支援する「奄美和光園と共に歩む会」の福田恵信代表(60)=奄美市=は「国は解決策を提示せず、静かに幕引きを図ろうとしている。入所者の声にもっと耳を傾け、社会全体で学び、考える必要がある」と訴える。
鹿屋市のNPO法人「ハンセン病問題の全面解決を目指して共に歩む会」の茶圓亮一代表(67)は「鹿屋市ですらハンセン病問題をよく知らない市民も多い」と指摘する。「差別解消に向けた教育や啓発に、厚生労働省だけでなく文部科学省も一緒になって取り組むべきだ」と話した。
一方、差別の歴史や誤った政策から得た教訓を次世代につなごうとする新たな取り組みもある。日置市の伊集院高校演劇部はハンセン病をテーマにした創作劇を各地で上演。9日は鹿児島市の西本願寺鹿児島別院で約400人に披露した。生徒らは元患者に直接体験を聞き、勉強を重ねた。顧問の上田美和教諭(54)は「間もなく当事者不在の時代が訪れる。問題を風化させないよう若い世代が学び、次世代につないでいけたら」と力を込めた。
主催したハンセン病問題市民会議かごしまの寺本是精代表(75)は「偏見や差別の解消には正しい知識の普及が必要。社会の同調圧力に屈せず、隣人を大切に思う気持ちを持ってほしい」と願った。