鹿児島県 「大島相撲協会」歴史伝える 105年前の写真、奄美博物館に寄贈 瀬戸内三郎さん
📰 全文
各集落や学校の校庭にも土俵があるなど奄美大島は相撲が盛んだが、十五夜豊年祭など年中行事にも残り継承されている。祭事から競技へ転機となったのが大正時代に設立された「大島相撲協会」とされる中、協会の歴史を伝える写真が5日、奄美市名瀬の市立奄美博物館に寄贈された。105年前に撮影されたもので貴重な資料となりそう。寄贈したのは、瀬戸内町観光大使、奄美観光大使、関西奄美相撲連盟広報部長で演歌歌手の瀬戸内三郎さん(75)=兵庫県西宮市在住=。大勢の力士が集結した写真には「大正10年10月30日 大島相撲協会第2回取組」の印字がある。
瀬戸内さんは、同町の西古見集落出身で中学まで過ごした。写真には祖父にあたる栄(さかえ)金運(かねうん)さんが写っており、「祖父は明治25(1892)年の生まれ」というから29歳のときになる。伯父にあたる祖父の長男から40年ほど前に譲り受けた写真は一部に欠けた部分があるが、力士の顔が鮮明に写っている。同協会が設立された当時(1920年)の写真を奄美博物館が収蔵しており、「1回目に続く2回目の写真を展示してもらえたら」(瀬戸内さん)と寄贈を思い立った。
写真の原本はA5サイズ。同じ西古見出身で印刷会社を営む(奄美共同印刷代表)前平彰信さん(75)の協力で複写しA3サイズに拡大、劣化を防ぐため額縁に入れた。前平さは来月の誕生日には76歳になり、瀬戸内さんとは1歳違いの先輩後輩の間柄だ。前平さんは「奄美大島における発祥の地ということもありカツオ漁業が盛んだった西古見は、昭和30年代の始め頃まで金刀比羅(ことひら)神社祭で相撲が取られ、島内からの参加もあり活気づいていた」と振り返り、大島相撲協会の取組について「島全体を対象にした大会であり、『協会相撲』と呼ばれた。各集落の豊年相撲で勝ち上がった人が代表となり、協会相撲に出場できたと聞いている」と語った。大島相撲協会は32(昭和7)年まで続いたとされ、大会開催によって勝敗や番付を競う組織的な競技へと発展した。
瀬戸内さんは「撮影された場所は不明だが、印字によって当時を示している。奄美博物館に寄贈することで、写真に写っている力士が先祖にあたる人々の目にとまり、奄美大島の相撲が一段と活発になることを願いたい」と話した。
第1回大会に続き翌年の第2回大会の写真も収蔵することになった奄美博物館。2023年のかごしま国体の際は、国体相撲競技が奄美市で開催されたこともあり、奄美相撲の歴史・文化を伝える企画展を開催した。博物館は「写真により当時を伝える資料として残り、理解につながる」と寄贈に感謝し、「現在のところ常設展示の予定はないが、企画展を通して紹介できたら」としている。
コメント 0件
まだコメントはありません。最初のコメントを書いてみませんか?