カゴミル 鹿児島の今のニュースを、まとめて。 ← 一覧
初の鹿児島県・与論島訪問へ 「第二の与論」 築かれた福岡・大牟田の中学生 出身者、交流の深まり期待
自然・火山 奄美新聞

初の鹿児島県・与論島訪問へ 「第二の与論」 築かれた福岡・大牟田の中学生 出身者、交流の深まり期待

📰 全文
 鹿児島県・与論島と歴史的なつながりがある福岡県大牟田市の中学生が交流団を結成し来月、初めて与論島を訪問する。修学旅行で訪れている与論中の生徒との交流など計画しており、同市在住の出身者はこれを契機とした交流の深まりを期待する。

 大牟田・荒尾地区与論会(朝岡光男会長、会員約200人)によると、1898(明治31)年に与論島は台風による大きな被害を受け大飢饉(ききん)となり、これがきっかけで島民は長崎県口之津に集団移住。口之津で石炭の積み出し作業に従事後、1908年の三池港開港を機に、10年、428人が有明海に面し福岡県最南端で熊本県荒尾市との県境の大牟田へ再移住。炭鉱での過酷な労働と、言葉や習慣の違いによる差別を乗り越え、先人らは大牟田の地に「第二の与論」を築き、今日までその歴史と絆が受け継がれているという。

 島の出身者が眠る共同納骨堂「与洲(よしゅう)奥都城(おくつき)」は毎年、与論中の生徒が修学旅行で同市を訪れた際、地元の中学校との交流の場となっている。今年は5月にあり、同中2年生53人が訪問、同市宅峰(たくほう)中生徒との交流会が共同納骨堂で行われた。交流会には納骨堂で年2回(4月と9月)祭典をしている同与論会も参加、炭鉱労働に従事し大牟田・荒尾の発展に貢献した先人らの歴史を生徒たちに伝えた。

 これまで与論中からの訪問が続いてきたが、今回、大牟田市の中学生が交流団(宅峰、白光、甘木の3中から3人ずつ計9人の生徒と引率者、市教育委員会などで構成)を結成し、与論島を訪問することになった。交流団の目的として「与論島の人々や同年代の中学生と交流して親睦を深めたり、与論の歴史や文化、自然に触れたりして、与論の人々が大牟田の石炭産業やまちの発展に大きく貢献した歴史や人権について、自分事として捉え、学びを深める」を掲げている。日程は10月8~10日で、9日に与論中との交流を予定している。

 祖父が移住したことから三世になる朝岡会長(70)は「大牟田の中学生が初めて与論島を訪問し、現地の中学生との交流を行うことで、両地域の歴史を学び、今後の交流と絆をさらに深める機会になり大歓迎。今回をきっかけに大牟田から与論への修学旅行が実現できればと期待している」と語った。

コメント 0件

0 / 500

投稿はすぐに公開され、その後AIが内容を確認します。個人情報は書き込まないでください。 編集・削除は投稿したこのブラウザからのみできます(ブラウザのデータ削除・別の端末・シークレットモードでは編集・削除できなくなります)。 コメント利用規約・ガイドライン

まだコメントはありません。最初のコメントを書いてみませんか?