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当たり前の日常が奪われた朝――防火要員として残った生徒54人、多くが眠る頃に焼夷弾が2階を直撃し13人が犠牲に…「一日一日を大切にしたい」鹿児島女子高校で鹿児島大空襲81年の慰霊式
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当たり前の日常が奪われた朝――防火要員として残った生徒54人、多くが眠る頃に焼夷弾が2階を直撃し13人が犠牲に…「一日一日を大切にしたい」鹿児島女子高校で鹿児島大空襲81年の慰霊式

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 太平洋戦争末期に繰り返された米軍機による鹿児島市への爆撃のうち、最大の被害を出した「鹿児島大空襲」から17日で81年。空襲で前身の鹿児島市立女子興業学校の生徒が犠牲となった鹿児島女子高校で16日、慰霊式があった。参加した在校生約630人や卒業生は、悲惨な戦争の記憶を忘れず後世に引き継ぐ決意を新たにし、平和を誓った。

 女子興業学校は現在の共研公園(中央町)にあった。空襲のあった1945(昭和20)年6月17日、生徒は自宅待機だったが防火要員として54人が校内に残っていた。空襲で校舎や寄宿舎が全焼し、生徒13人が亡くなった。鹿児島女子高の同窓会「帰厚会」は、戦争を知らない生徒たちに平和をつないでほしいと、同校で慰霊式を続けている。

 式では、空襲を体験した人や遺族の証言をまとめた映像を視聴した。多くの生徒が眠りについた頃に、2階の部屋に焼夷(しょうい)弾が直撃した様子などが語られた。同世代の死に思いを巡らせ、涙を流す在校生もいた。

 生活科学科3年の永吉陽美さんは「きっと怖かっただろう。いつも通りの生活は当たり前ではないと感じた。一日一日を大切にしたい」と話した。