「どの国でも平和であってほしい」空襲から81年 97歳の元女学生が鹿児島高校の慰霊祭に参列
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太平洋戦争中の81年前の8日、鹿児島高校の前身、鹿児島高等女学校の生徒28人がアメリカ軍の空襲を受け、犠牲となりました。8日、鹿児島高校で慰霊祭が行われ、当時、女学校に通っていた女性(97)も愛知県から参列し、平和を誓いました。8日、鹿児島市の鹿児島高校で行われた慰霊祭には卒業生や在校生、学校の関係者など約20人が参列しました。太平洋戦争中の81年前の4月8日、鹿児島市を襲ったアメリカ軍の空襲で、鹿児島高校の前身、鹿児島高等女学校の生徒28人の尊い命が犠牲となりました。
当時、女学校に通っていた上田聰子さん(97)。現在は愛知県に住んでいます。1945年に女学校を卒業後、初めて慰霊祭に参列しました。
(上田聰子さん(97))
「今後、このようなことが二度と起こらないように、心がけて生きてまいりたい」
空襲で犠牲になった生徒たちの写真に花を手向け、冥福を祈りました。
(上田聰子さん(97))
「とにかく、みんなが平和であってほしいどの国であってもいいから平和であってほしい。それのみ」
参列者は慰霊碑を前に平和への誓いを新たにしていました。