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ハンセン病市民学会開幕 支援者ら270人来島 差別・偏見解消へ 和光園永続化もテーマ 鹿児島県
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ハンセン病市民学会開幕 支援者ら270人来島 差別・偏見解消へ 和光園永続化もテーマ 鹿児島県

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 ハンセン病に対する偏見や差別を解消し、歴史の教訓を次代に引き継ぐ「第20回ハンセン病市民学会・交流集会in奄美」(同学会及び開催地実行委員会主催)が16日、鹿児島県奄美市名瀬のアマホームPLAZA(市民交流センター)で始まった(17日まで)。全国から来島した270人(主催者発表)の支援者・家族が、奄美群島の参加者らとともに国立療養所の存続問題や、いまだに解消されない差別や偏見の課題に向き合った。

 同学会は、国の隔離政策を違憲と判断した2001年の熊本地裁判決をきっかけに05年に設立された市民グループ。毎年5月に国立療養所のある地域で交流集会を開いている。奄美大島で単独開催するのは初めて。

 午前は、「ハンセン病問題基礎講座」を開催。ハンセン病国家賠償訴訟団の島翔吾弁護士=福岡県=と、奄美和光園職員(看護助手)の黒木貴雄さん(44)が、それぞれの立場で思いを語った。

 鹿児島県出身の島弁護士は、17年に弁護士登録するまで「病気のことを深く知らなかった」と振り返り、「23年に行ったアンケートでも、近所に患者が住むことに7割が『抵抗感がある』と答えている。偏見や差別の意識は根強い。弁護士人生を掛け向き合っていかなければならない」と語った。

 黒木さんは、同園に11年から勤務。当時の入所者46人は元気だったが、次第にADL(日常生活動作)が低下、介助が必要になったという。現在の入所者は6人。「最後の1人にはなりたくない」と訴える入所者に、家族として接することが務めと感じていると話した。

 午後の開会行事(式典)には、安田壮平奄美市長や寺田雅一鹿児島県副知事らも出席。安田市長は「苦しみの歴史を学び次の世代に伝える機会としたい」とあいさつした。

 交流集会(全体会)は3部構成で行われた。1部で記念講演した奄美和光園の馬場まゆみ園長(皮膚科専門医)は「入所者自治会は和光園を〝終(つい)の棲家(すみか)〟とすることを選んだ」と話し、入所者が存命中の方針(将来構想)はすでに定まっていると説明した。

 病院としての機能については、乾癬(かんせん)などの皮膚病の最新治療法となる「分子標的薬」の施設承認(県立大島病院との連携など特別条件付き)を受けていることなどを説明、存続について関係機関との継続的な議論が行われていることを示唆した。

 2部は、奄美和光園入所者の国賠訴訟を担当した国宗直子弁護士、家族原告の赤塚興一さん(88)らが登壇しリレートークを行った。

 国宗弁護士は「原告の一人は、(神経障害のため)こわばった手で握手することさえ躊躇(ちゅうちょ)したが、やがて子どもたちを前に手を見せ話すようになった」と、訴訟を通じての変化を話した。

 赤塚さんは、和光園に入所していた父親が自宅を訪れた際、快く迎え入れなかったことに今でも贖罪(しょくざい)の気持ちを抱いていると話し、「病気について教えてくれる人は誰もいなかった。知識があれば差別や偏見は起こらなかった」と語った。

 最後に「和光園を残してもらいたい気持ちと、(偏見がなくなり)存在が風化してもらいたいという気持ちが同居している」と複雑な心境を吐露した。

    ◇

 17日午前9時~正午は市内2会場で分科会がある。一般参加は無料。内容は次の通り。

 ▽奄美和光園講堂=テーマ「和光園の永続化を考える」▽奄美観光ホテル=テーマ「回復者と家族が安心して暮らせる社会」。いずれも基調報告とパネルディスカッションがある。

 午後1時~奄美和光園講堂で全体会。午後2時~フィールドワーク、部会。

 両会場とも写真撮影は制限があるため、配慮が必要。